金沢地方裁判所 昭和25年(行)2号 判決
原告 山本利行
被告 石川県議会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
一、(請求趣旨及び原因)
原告訴訟代理人は「被告石川県議会が昭和二十五年三月三十一日開会の臨時議会において為した原告の石川県議会議長辞職の件を許可する旨の議決はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、其の請求原因として、原告は昭和二十四年四月二十六日より石川県議会議長を為していた者であるが、昭和二十五年三月三十一日同議会はその臨時会において原告のため議長辞職の件を許可する旨の議決をした。しかし(イ)原告は未だかつて自分の意思で被告議会に対して右のような辞職の意思を表示したことがない。すなわち、被告に対する適法な辞職行為がないのに当日の議長代理西田副議長等の策謀により右件が上程され右のように許可されたのである。(ロ)仮りに被告に対する辞職行為があつたと仮定しても、本件は民主党所属議会役員は一斉に総辞職することが条件となつていたにかかわらず、左の如く三月三十一日に原告の議長のみについて而も原告欠席中にこれを議会に上程するが如きは結局本人の真意に基かない無効な辞職ということになる。(ハ)而して右が理由なしとしても、かかる辞職行為はひとしく公法上の効果を発生する行政法上の管理行為ともいうべきであるから行為の存在を明確にする必要上、多年の間に本人自身が議会に出頭して辞意を表明する場合の外は、正当な宛名のある辞職書等と題する書面を提出してこれを為す慣例がある。本件では原告は出頭もせず書面も提出していないのに被告は右慣例を無視してその許可決議をした。よつて右違法許可処分の取消を求めると述べ、ついで
二、(被告代表者の訴訟実施権に関する原告の主張)
(一) 本件のように、議会が被告である場合にはその代表者等は何らの手続を要せずして訴状の送達はこれを受ける資格があるけれども、原告の請求に対して棄却の判決を求めるや認諾するや応訴の方針を決定するについて議決機関たる合議体の性質上、その議決を経たうえでなければ右代表者らは訴訟の実施権がないものといわねばならない。本件において被告の代表者は右の議決による議会の意思決定がないにもかかわらず、本訴を実施しているから、その訴訟行為は無効である。
(二) 又右請求原因に明かな如く、本件は西田副議長らの謀略によること明かであるが、被告代表者鳥畠徳次郎も亦その一味で争の中心人物であるから、これらの者は必ずや自己の不正行為を正当化する目的で訴訟実施の任に当るおそれがあり、従つて行政事件の特質である行政法規の正当な適用を確保し、裁判の正確を期する為に行政訴訟手続上被告の地位に立つて居る県議会の代表者として極めて不適格であり、訴訟の被告である県議会の慾する目的と反する訴訟行為をなすおそれあり互いに利害反するものと謂いうるから正に特別代理人を選任すべき場合である。故に本件はこの点に鑑みても訴訟実施権のない者の訴訟行為となる、と述べた。
三、(被告の答弁と抗弁)
被告訴訟代理人は、
(一) 原告の請求原因事実によれば、被告県議会の議長許可決議が法令又は会議規則に違反することを理由とするものであるが、かかる事項は地方自治法第百七十六条に基く所定の手続をふんだ知事にして始めて議会を相手として出訴することができるのであつて、原告自身は知事をして右職権の発動を促しうる地位にあるにすぎないから、法律上出訴の資格がない。
(二) (被告代表者の訴訟実施権について、)
被告代表者らは本件応訴について議会の議決は経ていないが、かかることは不要である。右代表者は議会自身が被告たる場合は何らの援権を要せずして応訴しうるし、又右の者らは被告議会とは何ら利害の対立がないから特別代理人の選任も不要である。従つて本件について被告代表者には訴訟実施権に欠くるところがない。
(三) 本案につき、主文第一項同旨の判決を求め、
原告がその主張の如く石川県議会議長を為していたこと、昭和二十五年三月三十一日原告のため議長辞職許可の議決が為されたことは認めるがその他は否認する。ことに、原告は当時議長辞職の意思があつたのであつて、その意思に基く表示は適法に被告たる議会に到達し、議会はこれ又適法にこれを許可したものである。すなわち、昭和二十五年三月二十四日つば甚ホテルで民主党所属議員の議会役員は総辞職することに決したので、原告も亦これに賛同した上自ら辞意を決し、その手続を同党石川県支部長井村徳二に委託、同人は副議長西田与作にこれを伝達した結果右のように許可されたものである。又原告の辞職より先づ実行にうつしたのは、議長の分は議会の開会中であることを要したからである、と述べた。
四、(被告の主張に対する原告の答弁と主張)
原告訴訟代理人は、原告に出訴権なしとの主張を否認し、又本件の辞職は被告の主張するように事情が極めてあいまいで、行為の存在の明確を期することを不可欠の要件とする公法関係では未だ議会に対する適法な辞職ということができない、と述べた。
(立証省略)
三、理 由
一、(本訴の適否等について)
(一) 被告の主張する地方自治法第百七十六条第四、五項の規定は、議会が法令又は会議規則に違反した議決或は選挙をしたと認めるときその執行機関たる公共団体の長より再議に付し又は再選挙を行わしめ、さらに場合によつてはこれに関し裁判所に出訴することを得させたにとどまり、従来いわゆる官治行政として行つていた国家の強力な後見的監督権を撤廃したことに代る一つの措置としてこのような機関争議と呼ばれる争訟を許したに過ぎないのである。従つてこれは公共団体における各機関相互の問題であつて、かの抗告訴訟といわれている行政庁の違法な処分により直接に何らかの利害関係を生じたとしてその取消を求めるのとは全くその趣を異にするのであるから、その匡正を求めるには右第百七十六条によるの他なしとするのは失当である。原告は右行政処分たる議決により直接の利害関係をもつ以上、行政事件訴訟特例法第一条に基きその取消を求めることができるのであつて、本訴は適法といわねばならない。
(二) (イ)地方自治法上議会は一つの機関であつて独立の法人と認むべきものではないが、一定の組織の下に一定数の議員を置く意思決定機関であり、ことに議会の内部紀律又は懲罰等その他に関しては独自の権限を有するのであつて、これらの権限は議長又は副議長の「統理」の下に行使せられ且つその権限行使の代理順序等についても同法第百四条、第百六条に規定されているから、これら議長又は副議長と議会との関係は法人とその代表者との関係に類似している。従つて議会が行政事件訴訟特例法第一条に基く民事訴訟法上の当事者(被告)となる場合は特別の定めなき限り、同法第五十八条の定めるところに準拠し、右議長又は副議長において夫れ夫れ同条の法定代理人としてその訴訟行為を為さねばならない。そうだとすると、同法第五十条により議会が被告たる以上その代表者らはその訴訟行為を為すにつき議会の議決を経る等の手続を要しないのである。この原則は当事者がたまたま「合議体」だからとて別に変るところはないのである。(ロ)又訴訟法上裁判所に出頭して法人等のため有効に訴訟行為を追行し又はこれを受けることができる者は、原告の請求を正当としてこれを認諾する場合は格別そうでなくしてこれを争う場合には、手続の安定、公正、迅速の要求上原則として一定されているのであつて、いわゆる利益相反関係ありとして代表行為が禁止されたとか或は法律の特別規定により或種の事項については第三者が本人を代表すると定めていないかぎり、本来の代表資格ある代表者がこれを為すのである。本件においては原告と被告議会の間にこそ右の利害の衝突があるように考えられるけれども、原告主張の前副議長西田与作や現議長鳥畠徳次郎との間にはかかる利益相反ということはないものと謂わねばならない。すなわち、被告たる議会は本件許可決議を正当なものとして為したのであるから、これを争う原告との関係においては右のように利害の対立があるとしても此の許可処分を維持し、それに伴う訴訟行為として請求棄却の判決を求めたとて、右許可処分について議会の判断の結果を尊重することにこそなれ右代表者ら個人の不正行為の正当化をはかるものとは言えない。むしろかえつて、右のように請求棄却の判決を求めることは当該議長や副議長としての本来の職務にも合致することになるし、引いては法規の正当な適用を確保し、裁判の公正を期する結果にもなるのであるから、右のような関係では未だもつて所謂法律に定める利益相反関係とは言えないのである。しからば、被告代表者らに本件訴訟行為実施の権限がないとの原告の右主張は理由がない。
二、(本件の実質上の争点について)
(一) 思うに地方自治法第百八条によれば、普通地方公共団体の議会の議長は議会の許可を得て辞職することができる旨規定し、本人の辞職の意思表示と議会の許可に依つて辞職が実現せられるのであるが、此の辞職の意思表示は当該本人の意思決定とその意思を外部に表示するに足る表示行為のあることを必要とする。而して、各公共団体又は議会がその自律性に基き特別の定め例えば辞表を提出させ又は提出された辞表を議会において朗読することを要する等の規定を設けた場合の外は、前示要件すら具備すれば充分なのであつて、表示自体は何ら特別の方式を要しない。従つて、口頭によると、文書によると将又直接本人から議会に出頭した上で為されようと、間接的にある伝達機関を通じてなされようと何ら妨げないのである。只しかし、如何なる場合でも辞職の決意のみは本人によつて為さるべきであるから、厳格な意味の代理に親しまないものである。然し乍ら此の辞職の決意と謂うのは必ずしも「辞職を希望する心」に限らぬのであつて諸般の情勢を考慮して辞職も止むなしと覚悟を定むる決意があれば十分であつて、其の際職に対する愛着、執着の心から脱却しきれず従つて其れらの心情を表現する行為が伴うことがあつても前示の「諸般の情勢」が他人の詐欺行為に依り辞職者に誤伝せられ虚偽の情勢が判断の資料となり或いは又右の「覚悟を定むる」に当り他人の強迫行為に因り本人の全人格的決意と認められぬ様な場合の他は前記自治法第百八条の要求する辞意ありと謂うに差支ないのである。又此の辞意と謂うのは関係当事者に対する本人の表示行為を解釈して認められる意思(即ち表示上の意思)を謂うのであつて関係当事者に対する何等の表示行為を伴わない腦底に祕められた意思の如きに前記法条の要求する辞意に該当しないのである。
従つて事実を審理するに当つて本人又は関係者の表示行為と認むべき行動の間に彼此相互に矛盾する様な外観を呈するものがある場合でも、法律の要求する辞意の表示行為と職に対する愛着執着の表示行為を混同しないことが必要で一方の行為を以て他を否定することは出来ないのである。
(二) (本件は適法な辞職行為とみることができる)
原告はその主張の頃から石川県会議長をしていたが、昭和二十五年三月三十一日原告のためその議長辞職の件が被告議会において許可されたことは当事者間に争がない。当裁判所は前段説示の法律的見解の下に、双方の全証拠を調査して本件の全体を大観し次の事実を認めるのである。即ち民主党支部長である井村徳二は民主党の結束を図る為党出身の役員が総辞職し再組織する必要を認め、其の内でも特に県議会の議長であつた原告の辞職を最も重視したのであるが、他面原告は右辞職を希望しないであろうことを十分意識して居た。井村支部長は斯様に辞職を希望しない原告に対し辞職を決意せしむる方法として種々考慮したであろう。若し其の方法に付他の有力者と相談する場合には辞職を要求せられる者の立場から此の相談を陰謀と形容せられるのである。本件に於て井村支部長が結論として採つた方法は直接原告と懇談し或いは経済的利益政治的地位等を約束し或いは又自己の有する政治的情勢を話して原告を説得して辞意を促すの方法では無かつたのである。井村支部長は党の政策として総役員の辞職することを党員大多数が要望すると云う現実の情勢の内に原告を置いて直接これを体験させて党員としての原告の政治的意識から希望しない辞職を決意させる方法を採つたのである。原告が本人訊問に於て「私も党人として立つているのですから話が判れば党の意見に従つて辞めることは躊躇しませんが、無理に辞めさすように持つて行こうとすることは賛成出来ません」と述べて居るのは辞職すべき当人の立場から前者の懇談的方法の温さに対し後者の方法の冷さに対する不満を述べたものであるが、他の当事者以外の党員の立場から見れば党の重大人事に付いて前者の方法に不明朗を感じ後者の方法に民主的明朗さを認める者もあろう。「つば甚」及「大和グリル」に於ける会合は執れも党員大多数が党の政策として総辞職を要求するとの事実謂はば党議を背影として原告其の他の役員をして辞職を決意せしめ様とする方法の表れであるが、斯様な会合に於ては役員である(従つて辞職の決意をすべき当人である)党員が述べる意見は二つの性質を区別しなければならない。即ち党員として党議に従う意思であることは大前提として不動ではあるが総辞職をすることは党の政策としては妥当に非ずとして反対意見を述べる場合と役職に在る者として党議の如何に拘らず、自分は辞職せずとの意思を述べる場合とは全く其の趣旨を異にする。表意者は後者の意思を表示するには会議に参加して居る関係者に之を理解するに十分な表示行為を為す責任があるのであつて此れば辛いけれども公衆に影響ある重要な公職に在る者として止むを得ぬのである。本件に於て「つば甚」「大和グリル」の各会合を通じ(イ)参会者間に党の政策の当否に付いては反対する者もあり互に論議のあつたこと、(ロ)原告も亦総辞職なる政策を希望せず之を妥当ならずとの反対意見であることに付いては参会者は原告の言動に依り十分理解出来た筈であること、(ハ)然し参会者全員は原告も亦他の党員と同様に其の自由な意思に依り党議に服する大前提の下に参会し論議し居るものと信じ、党議を無視する様な意思ありとは毫も考えなかつたこと、(ニ)右は毫も参会者を責むべきでなく原告自身斯る考えを生ずべき言動無く又其の胸底の心境に於ても当時斯る確定的意思の無かつたこと、(ホ)原告も含めて参会者全部が総辞職決行に付其の政策としての当否の意見に拘らず、決行其のものを認容して居たことが認められるのであつて、従つて右辞職は適法且つ有効なものと判断せざるを得ないのである。よつて以下に証拠を対照しつつその理由を分説する。すなわち、
(イ) 成立に争のない乙第一号証(甲第二号証)乃至第三号証、証人井村徳二(第一、第二回)同上田正二、同吉野耕三、同池田寛一、同川崎昇太郎の各証言、原告本人尋問(第一、第二回)の結完を綜合すると、以下の事情が明かである。すなわち、前記の如く原告は昭和二十四年四月から議長をしていたのであるが、これは原告の所属する民主党の党議によつてなつたのであつて、その頃から一部の者の反対もあり又ようやく党内の情勢も、原告の議長としての態度に飽きたらず、ことに昭和二十五年三月の臨時議会においてはややもすれば党内の分裂があるのではないかとさえ懸念されるようになつたので、同年三月二十三日夜同党の一同は金沢市つば甚ホテルに会合し、席上吉野議員より明二十四日の議会のりきりばかりでなく、今後も我党員は総反省をすべき時期ではないか、との発言があり、出席議員各個の意見を徴するため、同夜から翌二十四日払曉迄、或は討議を重ね、或は同党石川県支部長井村徳二の個々面接を行つた結果、党選出の議会役員は議長以下総辞職することに一決した。原告も亦その決議に加つていたのであるが、その辞意を明確にするため、直ちに一同は右支部長まで辞表を提出することとした。よつて原告はその議長たる職を辞する決意を明かにし、且つその後の手続を右支部長に委任するため、自ら「辞職届」と題した「今般私儀、県議会議長ヲ一身上ノ都合ニヨリ辞職致度、此段御取計ヒヲ御委任致シマス」と記載した右支部宛の書面を認め、署名捺印の上これを同支部長に提出したのである。同支部長らは更に大事をとるため、同月二十九日大和グリルに会同し、辞職決行の時期を党議で決定するかたわら、二十四日の辞意を再確認し、一部の時期尚早論や後任役員選出のことで、議論が沸とうしたけれども、結局議会最終日の三月三十一日よりこれを為すことに決論が出たのである。原告は党から推された議長として、これをやめるのも党の議に従わねばならぬことは最初からわかつていたので、ついにこれに賛意(総辞職なる政策を妥当として賛成する趣旨でなく党議としての総辞職を実現させる為に自己の辞職を承諾するとの意味で)を示したこと、そこで井村支部長は原告の分については、決行の日である三十一日さきになされた依頼の趣旨に基き、副議長西田与作に原告の辞意を伝達するとともに右副議長はこれを議会にはかり本件の許可決議がなされたのである。(1)原告本人(第一回)は、自分は辞職する意思がなかつたと述べているけれども、前顕証拠に照し措信できないのみならず、証人古川清一郎、同桑田良夫、同井村徳二(第一、第二回)同吉野耕三、原告本人(第二回)の供述によつても明かな如く、二十三日夜以来の党議は原告の議長辞職の件が最も重視されていたし、原告も充分これを了解しており、ことに三十一日にはその件が議会に上程されることを予知していたのであるから、当日井村支部長から一身上の重大事件があるとて議会に出席するように言われた以上、真に辞意がなかつたとすれば、潔よく自ら出頭してその旨を言明すれば直ちに問題は解決したのであつて、議会にも出ず、又右支部長にも言明しないでおいて、其の他の関聯性のない者に辞意のないこと推測せられる様な言動があつても問題は解決しないのである。原告は辞職を希望していなかつたので、やめたくはなかつたが、さりとて前の辞職の表明又は党議を無視することは結局政治家としての自己の行動として採用しなかつたのである。(2)次に原告本人(第一、第二回)は身を委す意味で辞表を支部長に提出したと述べ、証人川崎昇太郎(及び甲第七号証中同人の尋問調書)も一部そういうことを言つているが、同人ら供述の全趣旨や証人井村徳二(第一、第二回)同吉野耕三の証言によつても、右は辞職の意思決定自体までを右支部長に代つて行う様に委したものでないことが明かである。(3)又原告は二十四日の個々面接のときは辞職は「公表しない」と又「行使しない」という約束があつたと述べ、証人川崎昇太郎(従つて甲第七号証中同人の尋問調書)も一部同旨の供述をしているが、これは二十三日から二十四日の払暁にいたる討議の結論であつたとは考えられないし、又そうだという証拠もない。かえつて、前記認定事実から綜合考察すると、かかる発言又は約束は党の結束のためにも又党政党略のためにも何らの意味がないし、従つてこういう事が議に上つたとすれば、これは討論途中の発言が或は二十四日には行使しない又それ迄は一般に公表しないという意味であつたと解するより仕方がない。証人井村徳二(第一、第二回)原告本人(第二回)によれば、右の公表しないということについて、三月二十七日原告は井村のもとへ強く詰めよつたというがそれも帰えるときには穏やかに話がわかつたのであるから、当時から辞意が定つていたことは明かである。(4)最後に原告(第二回)は本件の辞職は「わな」であると述べているが、その趣旨は別に欺述又は強迫による決意であるというのではないし、又その他の証拠によつても、いわゆる罠と考えられるようなことは認められない。以上の如く前記認定に反する原告の供述は首肯できなく又その他原告の援用する資料にもこれを左右するものがない。しからば、原告が自ら議長辞職の決意を為し、その議会への伝達を井村支部長に委任し、同人は原告の決意を体して三月三十一日本件のように西田副議長に伝達した結果、右意思は適法且つ有効に議会に到達したというべきである。
(ロ) 次に本件は他の議会役員の総辞職がその条件になつていたと争うけれども、原告の分をはじめ全役員は文字通り同時的に辞職しなければならなかつたという証拠はない。かえつて、成立に争のない乙第五号証(昭和二十五年第二回定例県議会会議録中同年四月十四日分)、証人吉野耕三、同新田甚作、同池田寛一の各証言によれば、議会開会中の都合や、党の都合上順次に罷める必要もあつたので、先づ最も重要な原告の辞職から始められたにすぎず、その間に多少の日時に相違があつても差支えなかつたのであり、他方同党としては後任役員の選衡という観点からも定例議会において残余の副議長職以下を逐次辞職していつたことが明かである。
(ハ) 原告は更に議長の辞職行為は「辞職書等と題する書面」による議会慣例がある旨抗争し、甲第三号証や証人古川清一郎の供述にその趣旨のことが窺われるけれども、書面によらない辞職行為は右慣例違反として議会の審査と認容の判断あるに拘らず之を無効とすべき程の強い効力のある謂わば議会慣習なるものは未だこれを認めるには足りない。新憲法下に於ける議会は従前の議会と其の本質に於て一変したことを考慮すべきである。尤も、右のように辞職のみならず、公法上の効果の附与される行為はその存在を明確にするため書面などに認めるのが便利であるけれども、辞職について許可を与えるにあたり随時その釈明権を行使しうる議会に対しては特別の定なき限りこれを必要としないと謂わねばならない。議会は「議長の辞職は其の適当と認むる方法に依り表示すれば足る、但し議会に於て特に特別の方法を要求したときは此の限りに非ず」との規則を定むること其の自律性に依り当然出来るのであるが議会は辞職の許否に付其の都度審議するのだから若し辞職の方式が前示の様な規律で良いとの意向である限りは明示的規則として制定する必要がなくなるのである。
三、以上のように、原告の本件議長辞職行為に瑕疵あるとの主張は全部理由がなく、その瑕疵あることを前提とする本件許可処分の取消を求める原告の本訴請求は失当である。よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条、第九十五条に則り主文のように判決したのである。
(裁判官 北野孝一 米光哲 向井哲次郎)